喜劇の神様、ボクらにどうかお恵みを―。
どん底の2人が企てたのは、喜劇王チャップリンの遺体誘拐!実話が生んだ温かくてほろ苦い人生のおとぎ話。
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ところが、詰めの甘い計画は次々にボロを出すばかりか、ツキのなさにも見舞われて崩壊寸前。あきらめかけた時、追詰められたオスマンが最後の賭けに出た。人生どん底の2人に救いの手は差し伸べられるのか――。
犯人は失業中のポーランド人自動車修理工と東欧からの亡命者。身代金で修理工場を建てるつもりだったらしい。映画の通り、ドタバタの2人組で、棺桶を掘り出す日が大雨だったので、土がドロドロで同じ穴のもっと深い所に埋めるという当初の計画(この計画自体よく分からないが…)を断念し、鉛の内ばりをした重い棺桶を遠くまで運ぶはめになった。(ちなみに、ホンモノの棺桶は黒と銀のビロードに覆われていた。)
犯人たちは棺桶をジュネーブ湖の西の端ノヴィーユ村の麦畑に埋め直していた。主犯の男がよく釣りに行っていた場所だったらしいが、とても静かな場所を選んでくれたことにウーナは感謝した。畑の所有者はその場所にステッキを飾り付けた小さな十字架を立てた。
『サーカス』では、チャップリンは馬に追いかけられてサーカス団の花形道化となったが、エディは猿を連れてそのままサーカスの道化となる。しかし、そんな対比よりも、犯罪と道化を裏表として描くあたりが、なによりチャップリン的だとは言えまいか。 ラストの道化の楽屋のシーンは、メイクから衣裳まで『ライムライト』のカルヴェロの楽屋を模している。背後からキアラ・マストロヤンニがエディの肩に手を乗せる演技は、チャップリンとクレア・ブルームの有名なショットを思わせる。
そして、舞台に出て行く2人の道化の後ろ姿、片方がヴァイオリンを持っているのを見てはっとする。『ライムライト』のチャップリンとキートンの2人組そのままの姿だ。サーカスの幕が画面の両端を黒くして、スクリーンをチャップリンの時代と同じスタンダード・サイズにして2人を捉えて映画は終わる。最後まで凝りに凝ったオマージュに嬉しくなる、素敵なラストシーンだ。
来日中は、エビの天ぷらを30匹平らげたことで「天ぷら男」とあだ名されるなど存分に楽しんだようだ。古き良き文化が好きだったチャップリンは、1936年と戦後1961年に訪れた京都を愛し、西陣で貰った絹のガウンを晩年まで愛用し、居間には日本人形もあった。
日本人もチャップリンのことが大好きで、デビュー直後はアルコール先生という愛称で人気者になったし、大正期には「日本チャップリン」という漫才師もいた。『街の灯』が歌舞伎化されたことを思うと、笑いと涙のチャップリンの世界は日本文化に通じるところもある。チャップリンと日本は、まさに相思相愛の関係とも言えるだろう。